ピアノ練習曲<ツェルニー>
ツェルニー100番、ツェルニー30番、40番、50番。 ピアノ練習ではお馴染の教本ですが、こんなにたくさんのつまらない(笑)練習曲を作ったツェルニーとはどんな人物なのでしょうか。
カール・ツェルニー。今からおよそ220年前の1791年2月21日ウィーンで生まれました。
おじいさんはバイオリニスト、お父さんはオルガン、ピアノを演奏する音楽一家に生まれたツェルニーは、3歳からお父さんにピアノを教わります。
7歳の時には作曲もするようになり、ツェルニーの作曲した「ソナタ」を聞いたベートーベンは“なんと素晴らしい!”と言って、ツェルニーを弟子にとりました。 ツェルニーは3年間ベートーベンにピアノを学び、暗譜の得意なツェルニーはベートーベンの曲が全て演奏できる程の腕前でもありました。ピアノ演奏のほかに編曲や楽譜の早書きの技術も習い、生涯で900曲以上の作品を作っています。
15歳になったツェルニーはお父さんの代わりにピアノを教え始めます。たくさんの生徒がいる中、「愛の夢」や「ラ・カンパネラ」を作曲したリストもツェルニーにピアノを習っていたのです。
ツェルニーがピアノ練習曲をたくさん作った理由は、ベートーベンの指示だったのではないか、と言われています。 ベートーベンはピアノ演奏法という本を作りたいけれど、時間がないと言っていたようで、自分の望みをツェルニーに託したのではないでしょうか。勤勉で従順だったツェルニーは言われたとおり、たくさんのピアノ練習曲を作曲するのです。
この練習曲の事をシューマンは「退屈でイマジネーションの欠ける練習曲集」と言い、ルビンシュタインは「子供への拷問」と言ったそうです。
ピアノ練習曲が有名なツェルニーですが、実はソナタ、交響曲、協奏曲、室内楽など多くの曲も残しています。
音楽家ではよくある女性との浮いた話もなく、生涯独身で過ごし、たくさんの猫ちゃんと暮らしていたそうです。 古典派のベートーベンに習い、ロマン派のリストに教える…古典派からロマン派にうつる音楽の大転機に生きた堅実で真面目な人物なのでした。
ツェルニー30番練習曲の歴史
カール・チェルニー作曲の「30番練習曲」は、ピアノ学習者にとって定番の練習曲集として広く知られています。この曲集は、1839年にウィーンで出版されました。
作曲の背景
チェルニーは、ベートーヴェンの弟子であり、多くのピアノ教育者として活躍しました。彼は、当時のピアノ技術の発展に対応するために、様々な練習曲を作曲しました。その中でも、「30番練習曲」は、ピアノ演奏に必要な様々な技術を習得するために最適な教材として、多くの ピアニストに愛されています。
曲集の特徴
「30番練習曲」は、40曲からなる練習曲集です。各曲は、独立した楽曲として演奏されることもありますが、通常は順番に演奏されます。
この曲集の特徴は以下の通りです。
- さまざまな調性、リズム、テンポ、音型を網羅している
- ピアノ演奏に必要な基本的な技術を習得できる
- 音楽的な表現力を養うことができる
練習曲としての価値
「30番練習曲」は、単なる技術練習曲ではなく、音楽的な表現力を養うための教材としても価値が高いです。各曲は、様々な音楽的な要素が盛り込まれており、演奏者自身の音楽性を発揮することができます。
現代における評価
「30番練習曲」は、出版から200年近く経った今でも、ピアノ学習者にとって定番の練習曲集として広く使用されています。
現代では、様々な演奏法や解釈が生まれ、演奏者の個性も反映されやすくなっています。